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【友情・努力・○○が学べる!】マンガ「MAJOR」から学ぶマインド大切な3つのこと!~マンガから学ぶ!役立つマインドシリーズ~

かつて、野球マンガで幼い頃から、父親になるまでのストーリーを描いた作品があったでしょうか。

今回、紹介する「MAJOR」は、主人公の本田(後に茂野)吾郎が保育園児であったころから、成長して父親になるまでの野球人生を描いた作品です。
全78巻の長編で、現在(2022年7月5日現在)も「MAJOR2」として、主人公が息子に入れ替わって連載が継続しています。

この「MAJOR」の凄いところは、幼い頃から描かれているということだけではありません。
スポーツマンガと言えば「友情」「努力」といった点が主に描かれていることが多いですが、幼い頃から父親になるまでが描かれているからこその他の特徴があります。

「MAJOR」は、1994年の連載開始から現在まで続く長寿作品です。
他の野球マンガには無い、「何か」があるからこそ、非常に支持の高い名作と言えるでしょう。

実際に筆者も学生時代から「MAJOR」を読んで、連載初期から衝撃を受けた1人です。
そこで、野球一家で育ち、「MAJOR」ファンの筆者が、社会人となり、世間の荒波や大病、さらには2人の父親になり、様々な経験をした中で、改めて「MAJOR」から学べる生きる上で大切な3つのことを紹介します。

「友情」「努力」の他に、「MAJOR」ならではの学べるポイントとは!?

「MAJOR」ファンのみならず、スポーツ関係者や社会人で苦労されている方でも、心に刺さる名シーンが盛り沢山です!

是非、最後までご覧下さい!


目次

MAJORから学べる、生きる上で大切な3つのこと

それでは、MAJORから学べる、生きていく上で大切な3つのことを紹介します!

何度でも立ち上がって努力する

MAJORでは、何度も苦境が待ち受けています。
選手生命を絶たれるほどの怪我や、野球が出来ない環境、人の死など様々ありますが、負けずに何度も立ち上がり、努力を続ける姿は胸を打つこと間違いありません!

苦労を分かち合ったからこそ生まれる友情

主人公の吾郎は、小学校時代までは、1人で野球の練習を続けてきたためか、圧倒的な実力があっても、チームメイトと度々衝突します。

しかし、苦労を分かち合うことで、本当の友情や思いやりを身に付けていきます

お互いを思いやる本当の友情は、見ている方を惹きつけることでしょう。

家族の大切さ

数多くあるスポーツマンガで、これほどまでに家族について描かれた作品は無いと思います。

幼少期から、父親になるまでが描かれたことで、子供から大人まで、感情移入する作品となっています。

筆者自身も、学生時代に読んだころにも涙ながらに読んだものですが、2人の父となった今、改めて読むと、以前とは違った視点で涙が出てきます。

年を取って、涙もろくなっただけかもしれませんが…

スポーツマンガとしてだけでは無く、家族の大切さを感じさせてくれる作品です。


MAJORの簡単なあらすじ

まず、既にMAJORを見たことがある方も無い方も、簡単なあらすじを年代毎に紹介します!

これから読もうと思っている方は、ネタバレしてしまうので、読み飛ばして下さい!

幼少時代

主人公の本田吾郎が保育園時代から始まります。
既に母親を病気で亡くしており、プロ野球選手の父と2人で生活しています。

吾郎の夢は「父のようなピッチャーになること」です。

父は故障から一時、引退を決意しますが、バッターとして再起することを決意。
現役メジャーリーガーのジョーギブソンからホームランを放つなど、打者として結果を出し始めた矢先、そのギブソンから頭にデッドボールを当てられてしまい、亡くなってしまいます。

まさかの物語開始数巻で、主人公の両親が亡くなってしまうという衝撃的なスタートです。

吾郎は、自分の希望もあって、保育園の先生であり、父の婚約者であった星野桃子に引き取られます。

小学校時代

小学校時代は、小学校4年生から始まります。
自分で野球の練習を重ねていましたが、初めてクラブチームに入部します。

三船リトルというチームに入部し、投打ともに優れた能力を発揮しますが、自分の考えにそぐわないチームメイトや仲間との能力の違いから、衝突することも度々ありました。

小学校時代に最後には、仲間の大切さを知り、右肩を痛めながらも強豪の横浜リトルに勝利します。

また、小学校時代の最後は、父の親友でプロ野球選手でもある茂野英毅と引き取ってくれた母、星野桃子が結婚します。

結婚に伴い、引っ越すことになり、小学校時代は終了しました。

中学校時代

父の移籍に伴い、横浜に戻ることになった中学3年から始まります。

三船リトル時代のチームメイトとも再会しますが、小学校時代に右肩を壊した影響から、吾郎は左投げ挑戦中であり、高校野球から復帰を目指していたため、軟式野球をやらないと決めていました。

しかし、仲間が相手チームに侮辱される姿を見て、いてもたってもいられなくなり、三船東中学野球部へ入部することになります。

左投げ右打ちの投手として復帰し、スピードボールを投げ込みますが、幼少期からの幼なじみであり、ライバルでもある佐藤寿也から「右利きのためボールにキレが無い」ことを指摘され、打ちひしがれますが、父に叱咤激励され、克服します。
この頃、吾郎の代名詞とも言える「ジャイロボール」を習得します。

高校は、仲間とともに三船高校へ進学予定でしたが、強豪、海堂高校付属中にコールド負けしたことで、今の自分の実力を知り、海堂高校のセレクションを受験し、佐藤寿也とともに進学を決意します。

海堂高校時代

新入部員の登竜門、「夢島組」としてスタートします。
過酷な島での寮生活や練習をこなしていく吾郎ですが、海堂高校は必ず勝利するという主義から、徹底したマニュアル野球を教え込もうとします。
しかし、吾郎は、マニュアルにこだわらないプレースタイルから、首脳陣に嫌われてしまいます。

投手失格の烙印を押され、外野手としてプレーしていましたが、総監督の指示により、投手として再登板したところ、打者全員を三振で取るピッチングを披露し、2軍昇格を決めます。

2軍昇格後も、2軍監督のスタイルとは合わず、度々衝突しますが、マネージャーの江頭による策略で守られました。
江頭は、吾郎のサクセスストーリーが、海堂高校イメージアップに繋がると考え、利用しようとしていたのです。
しかし、吾郎は、最強の海堂高校を倒して、海堂高校を出て行くと決意し、1軍対2軍の試合で完投勝利。自主退学をしました。

聖秀学院高校時代

江頭の嫌がらせにより、野球部の無い高校にしか行けなくなってしまい、聖秀学院に編入。
学校自体に男子が少なく、苦労しますが、なんとか自力で野球部を作ります。
学校の屋上にグラウンドを作り、出場ギリギリの人数の中、3年の夏の試合を目指します。
しかし、再び江頭の妨害を受け、3年春に左足首靱帯断裂と骨折を負ってしまい、夏の大会出場が絶望的になってしまいます。

吾郎は、毎試合痛み止めを打ち、なんとか県大会を勝ち進み、準々決勝で海堂高校と対戦します。
試合は延長12回まで続く熱戦となりますが、相手エースを三振に取ったところで力尽き、サヨナラ負けをしてしまいます。

マイナーリーグ編

高校卒業後の進路で迷っていたところ、父をデッドボールにより亡くならせたジョーギブソンが、未だ現役選手として吾郎を待っていてくれていることを知り、マイナーリーグに挑戦します。

トライアウトに合格し、メジャーキャンプにも招待されますが、打ち込まれ、マイナー落ちをします。
さらに、ジョーギブソンの息子、ギブソンジュニアから父に対する暴言をきっかけに乱闘を起こし、解雇されていまいます。

その後、バッツの3Aでマイナー生活を送りますが、バッツの3Aは勝利に対する意識が低いチームでした。
しかし、吾郎の勝利への強い執着心から、徐々にチームの意識が変わり、3A優勝を果たします。

プレーオフでは、ギブソンジュニアと対戦し、最終戦で優勝を果たしました。

W杯時代

シーズン後に帰国し、小学校時代から共に野球をしていた薫に告白、恋人となります。
W杯が開催されることを知り、日本代表の相手である「ヤングジャパン」に飛び入り参加。しかし、格の違いを痛感しアメリカへ戻ります。
この頃、「ジャイロフォーク」を身に付けます。

吾郎がアメリカに帰国後、3Aでのクローザー実績や、日本代表に怪我人が出たことから、日本代表に追加招集されます。

日本代表では、クローザーとして活躍しますが、アメリカでの決勝戦でギブソンジュニアからサヨナラホームランを浴びてしまいます。

敗戦後、父の墓前で「野球を辞める」という程、落ち込む吾郎でしたが、日本の仲間と過ごす中で、野球を再びする決意をし、アメリカへ戻ります。

メジャーリーグ時代

W杯での活躍により、評価が上がり、メジャー昇格を果たします。
先発投手として、デビューを果たしますが、突如として乱れることが多く、マイナーへ降格します。
医師からはイップスと診断され、安定したピッチングを求めた結果、魅力の剛速球を出せなくなってしまいました。
しかし、ジョーギブソンの復帰を知り、再びモチベーションが上がったことから、本来の投球を取り戻します。

シーズン終盤、今度は血行障害と診断され、ピンチが襲います。
チームからはクローザーに指名され、痛みと闘いながら地区優勝を果たしました
その後、手術を行い、成功しています。

帰国後は恋人の薫にプロポーズし、数年後に結婚をしました。

メジャー8年目、ワールドシリーズに臨みますが、ギブソンジュニアの打球が頭部に当たり、病院へ搬送されます。

誰もが、幼少時代の吾郎の父の記憶と重ね合わせてしまいますが、なんとか意識を取り戻し、最終戦のベンチに入ります。
チームのピンチで、目眩の影響がある中、志願してマウンドに上がり、見事に相手をねじ伏せ、ワールドシリーズ制覇を果たしました。

その夜に長女いずみが誕生し、吾郎は父になっています。

メジャー時代は、結果として2年目からは先発、5年目からは血行障害の再発からクローザーに転向。7,8年目には最多セーブのタイトルを獲得しています。

日本野球復帰時代

吾郎はメジャーで活躍後、左肩を壊してしまいますが、父と同じ様に、打者として復帰を目座し、子供には内緒でトレーニングを続けます。

34歳の年に、トライアウトを受け、父と同じ「オーシャンズ」に合格します。
右投げ右打ちの外野手として、デビューし、3打席目にホームランを放っています。

物語は、幼少期に吾郎が父のホームランを見た様に、吾郎自身が自分の子に、投手から野手に転向し、ホームランを打つ姿を見せて終了しました。


生きる上で大切な3つのことが分かる名シーン11

では、実際に大切な3つのことが分かる名シーンをご紹介します!
読んだことがある方は、思い出してグッとくるものがあると思います。
また、まだ読んでいない方は、「読んでみたい!」と思うことでしょう。
是非、ご覧下さい!

何度でも立ち上がって努力する

サウスポーでの復帰

中学時代、吾郎は小学校時代に右肩を故障してから、サウスポーとして復帰を目指し、チームメイトにサウスポーの投球を披露します。
簡単なことではありませんが、誰もが諦めてしまう故障から復活する姿は胸を熱くさせてくれます。

海堂高校退部「俺は自分の手で引いたレールの上を、自分の足で駆け上がっていきてえんだ。」

中学時代の試合で、海堂高校付属中学に打ちのめされた吾郎は、海堂高校に入学し、レベルアップを図ります。
その上で、マニュアル野球に徹する海堂高校で甲子園を目指すことなく、自分で道を決めることを決意した名シーンです。

中学時代に打ちのめされたチームに入学して結果を残し、さらに上を目指して出て行く姿、向上心と努力が成せる姿です。

イップスの克服

W杯でギブソンジュニアにサヨナラホームランを打たれ、燃え尽き症候群によって、イップスを発症してしまいます。

イップスの克服のために、安定した投球を目指しますが、持ち味である豪快な投球が鳴りを潜めてしまいました。
しかし、ジョーギブソンの復帰をきっかけに、シンプルな答えにたどり着き、イップスを克服します。

「野球が好きだから走り続けるだけなんだ」

というシンプルなもの。

悩んでいても、結論はシンプルであることは多いです。
色々試した結果、シンプルな結果に辿り着き、克服する姿が胸を打ちます。

日本野球に打者として復帰

メジャーで活躍後、吾郎は左肩を故障し、解雇されます。
しかし、まだ自分の子供達にプレーする姿を見せられていないことから、吾郎は右投げ右打ちの外野手として、日本プロ野球のトライアウトを受け、父のいた「オーシャンズ」に入団が決まります。

打者として復帰する、年を重ねても何度でも立ち上がって努力する不屈の闘志が胸を打ちます。

苦労を分かち合ったからこそ生まれる友情

「信頼せずに点でプレーしているのに、みんなが信頼してくれる訳が無い」

小学校時代、今まで1人で練習してきた吾郎が初めてクラブチームに入部し、クラブチームの監督から諭される名シーンです。

圧倒的な実力がありながら、チームメイトを信頼していないプレーを続ける吾郎に監督は諭します。
この言葉から、徐々に吾郎はチームメイトを思いやる様になり、苦労を分かち合ったことから、チームのために、ボロボロになっても投げ続ける様になります。

「悔いの無い一球を投げ込んでこい!仮にこれがライスボールになっても、俺達は今日のおまえの184球を一生忘れねえ!!」

聖秀高校時代、野球部の無い状態から部員を集め、野球部を作った吾郎は、3年夏の準々決勝で、宿敵、海堂高校と対戦します。

試合は延長12回まで持ち込む熱戦となり、疲労困憊の吾郎にチームメイトでキャッチャーの田代からかけられる言葉です。

初めは嫌々ながら野球部に入っていた聖秀高校ナインが、共に苦労し、戦っていくことで、一丸となっていることがよく表されている姿です。

この試合は、結果として、この言葉を掛けられた直後、強打者、眉村を三振に取りますが、そこで力尽き、サヨナラ負けを喫してしまいます。

全てがうまくはいかなくても、悔いの無い一球が投げられたことでしょう。

W杯後の燃え尽きから復帰

W杯でサヨナラホームランを打たれてしまった後、吾郎は打ちひしがれ、父の墓前で「野球を辞めるかも」と言います。

しかし、日本での旧友と野球をすることで、応援してくれている仲間の想いや野球の楽しさを改めて知ります。
友情は年を重ねても変わらないことがよく分かるエピソード
です。

家族の大切さ

父の死「おとさんを返してよ」

吾郎は、プロ野球選手の父に憧れる野球少年です。
まだ保育園時代のこと、既に母は他界していますが、怪我から子供のために野手として復帰する父を応援していました。

野手として、現役メジャーリーガーのジョーギブソンと対戦した際に、ホームランを打つ父の姿に、父の婚約者である桃子とともに感動します。
しかし、その直後、ジョーギブソンの投球が父の頭部に当たり、デッドボールによって父は亡くなってしまいます。

吾郎は叔父に引き取られる予定でありましたが、ジョーギブソンに対し、「おとさんを返してよお。」と泣きじゃくる吾郎が頼ったのは、今の自分を本気で見てくれていた、保育園の先生であり、父の婚約者でもあった桃子でした。
桃子は、吾郎を引き取ることを決意します。
物語序盤でありながら、衝撃的な名シーンです。

⑨母の結婚「おとさんが死んでから、本気で怒ってくれる人はかあさん以外いなかったから…」

桃子に引き取られたあと、小学校時代に、桃子から、父の親友であったプロ野球選手の茂野との結婚話を打ち明けられます。

素直になれない心情から、桃子や茂野と衝突してしまいますが、当時、右腕を故障中であった吾郎が無理をして投げようとしている姿を見た茂野から、本気で怒られます。

このことから、吾郎は打ち明ける様になります。「おとさんが死んでから、本気で怒ってくれる人はかあさん以外いなかったから…」と涙ながらに打ち明ける名シーンです。

吾郎は、言葉では反抗していても、本気で心配して怒ってくれる茂野の行動が嬉しかったのです。
家族の在り方について、考えさせられる名シーンです。

⑩転校「さよならは、おとさんが死んだ時から1番嫌いな言葉だから」

小学校時代、母の結婚により転校します。
チームメイトに何も言わずに転校する吾郎ですが、クラブチームの監督には話をしていました。

敢えて何も言わなかったのです。「さよならは、おとさんが死んだ時から1番嫌いな言葉だから」
普段は強気なプレースタイルでチームを引っ張る吾郎ですが、内に秘めた悲しみを抱えている姿に涙なしでは見られません。

自分の子供にプレーを見せるために日本野球に打者として復帰

メジャーで活躍後、吾郎は左肩を故障し、解雇されます。

しかし、まだ自分の子供達にプレーする姿を見せられていないことから、吾郎は右投げ右打ちの外野手として、日本プロ野球のトライアウトを受け、父のいた「オーシャンズ」に入団が決まります。

子供達には、打者として復帰するために努力していることは言いませんでした。
打者として1軍出場が決定した時、家族を球場に招待し、初めて子供達は父が努力していることを知るのです。

そして、吾郎が幼い頃に父から見せてもらった姿と同様に、ホームランを打って見せます。

尊敬する「おとさん」と同じ姿を、自分の子供達にも見せてあげたいという想いに、涙が止まらない名シーンです。

実は、この時に、MAJOR2での主人公、大吾が登場します。
物語はMAJOR2に続いていくのです。


まとめ

いかがでしたでしょうか。
マンガだからこんなに何度も復活できる、と言ってしまえばおしまいですが、生きていると様々な挫折に必ずあいます。

その時に、大切なことは、自らの努力、助けてくれる友人や家族では無いでしょうか。

MAJORは、そんな大切なことを、野球マンガという形で教えてくれる作品です。

今回紹介したシーンの他にも、名シーンが多くあります。
日本のマンガやアニメは世界最高レベルです。
マンガから学べることは沢山あります。
著名人の方や政治家の方でも、マンガ好きを公言している方は多いです。
 
MAJORは、現在も、MAJOR2として吾郎の息子が活躍しています。

最近、良いニュースが少なく、気落ちすることも多い世の中ですが、勇気や、大切なものを思い出させてもらえる作品です。
読んだことのある方も、見たことの無い方も、この機会にもう一度目を向け、読んでみてはいかがでしょうか。
今後も、学べるマンガをどんどん紹介していきます!

【この記事を書いた人はこんな人です!是非、ご覧下さい!↓↓】